note – 演出ノート
2009年12月公演『マリア/首』演出ノート
Q.いよいよ公演まで二週間前となりました。ここまでの経緯や今度の作品について何かお聞かせ下さい。
A.まず前回の『戸口の外で』を終えて、幾つか不完全燃焼してしまった部分があった、少なくともしばらく時間を置くことで見えてきたものが相当あったということを説明しなければならないと思います。それは言い訳ではなく、どうも自分が信じてきた演劇の方法論が悪い形で分裂しているんじゃないかという実感が、公演後からしばらくしてじわじわとわいてきたんですね。特に戯曲の読解というものや、そこに対しての方法が、私自身が問題にしてきたことを結果的に裏切っているんじゃないかと。そこで、自分が演劇の何を信じているのかということを一つ一つ取り上げていく作業をしていきました。
そうなると身体と言葉、そしてそれらがどこで出会っているのか、結局そこに立ち戻っていくしかない。そこで多聞に洩れず、《語り》または《騙り》へと収斂していくわけで、それについては今までも十分意識はしていたのですが、このあたりに何か大きな誤解があったのだと思います。「言葉をどう語るか」ではなく、「どう言葉を語るか」。前回、資料としてアウシュヴィッツの生残りを取材した映画『SHOAH』を踏まえてはいたのですが、それを現代人の精神的塑型の一つとして認識していく過程の中で、その多くを近代俳優術における相対的な演技術にて棚上げしながら処理してしまっていたのではないか。つまり私自身の認識の中に、ある種の暴力性や啓蒙主義的な欺瞞のようなものがあって、それらがテキストや俳優の向かい方において悪い作用を引き起こしていたような気がする。その意味では、『戸口~』は幾つかの精神的な原風景としての絵や寓話しか示すことができなかったのだと思います。これは、私の責任です。
Q.前回の公演の総括から始めるというのは、なかなかありませんよ(笑)シラを切りとおすのは演劇人の特技ですよね。仕方がないので少しだけお付き合いしますが、ヨーロッパの出来事であるアウシュヴィッツを通して「現代人の精神的塑型」というのは、少々無理がありませんか? それならシェイクスピアやギリシャ悲劇なんかを取り上げた方が、日本人にも共通する普遍的な人間像やらを描けるような気がしますが。
A.確かにあの出来事に対してドイツ人やユダヤ人が抱いている問題意識と、日本人である私たちが抱いている問題意識は、地域性や民族性を含めて隔たりがあります。しかし、本質的な部分においては全人類共通の問いが含まれている出来事だったと思います。原爆もそうですが、何をどうしたらよいのか、どう言葉を与えていいのかわからないような出来事、つまり認識することの危機、認識の不可能性が人々にもたらされた。失語・沈黙・不条理……。
それまで数千年をかけて連綿と築かれてきた人間の理性による歴史や文化体系に大きな断絶が入ったわけです。六十数年経ちましたが、芸術家や思想家をはじめとした、世界を認識することを本分にする者たちにとって、この時間の経過は、「人間が再び人間として在ろうとするための拠所」を探す闘いの時間であったと思います。そして、私たちはその成果を享受しながら生きているわけで、もし現在について何かを語ろうとするならば、ここから始めないと嘘だと思うのです。私が『SHOAH』やベケットの『私じゃない』を取り上げるのは、これらがこうした歴史的文脈上にあり、かつ何かを語ることの根源に触れていると思うからです。その前にあった強いられた沈黙の時間、その深遠から聞こえてきた声に耳を傾けるべきだと。少なくとも私にとっての《語り》とは、そういうものとして始められています。
返す刀で言いますが、古典作品と呼ばれるものに多くある、ホームドラマや人間関係の愛憎を取り上げれば、普遍的な人間像を描けていると思うのは間違いです。それらは一種の寓話性を持つことはあっても、大体は理性的な判断が作家によって為されているものです。もしくは《演出家の時代》以後は、演出家によって。この理性や解釈と呼ばれる近代的な世界の輪切り方そのものに、本当は疑ってかからなければならない。その意味では、現代において古典作品を取り上げるということは相当な困難をともなう作業であるはずなのです。権威づけられた物語上の普遍的人間像とやらに頼る前に、もっと引き受けなければならないことが、私たちにはある。ここには、未だにスタニスラフスキー・システムを楯に演劇を語ろうとする輩がいることと似たような問題があるかと思います。まあ、結局は個人の世界観と人間観の問題ではありますが、本当に誠実に世界と向き合う者にとっては、演劇はいつまでたっても始まらないものだとも思うのです。
Q.なるほど。とりあえず、あなたはそこから始めてみたというわけですね。こうも大風呂敷をひろげてしまうと、どこまで初心を貫けるかお手並み拝見といったところですが、ただちょっと飛躍がすぎるんじゃないかという気もしなくはありません。もう少し、現代の日本を生きる人々を前提に話してもらえませんか?
A.日本人というのは、歴史上の時間軸を踏まえて語ろうとした時、かなり妙な捻れ方をしている人々だと思います。さらに現在主義とも重商主義的ニヒリズムともいえるくらい、消費生活を中心にしては自分たちの根に対して無関心になれる側面がある。そのため、先程説明した地点から私たちの精神的な原風景が始まっているという確信はあるものの、そこから現代までの日本的変遷というものを正確に記述することが難しいというのが正直なところです。もちろん、安保闘争や高度成長、バブル、オウム事件など、教科書的な知識で説明はできるかもしれません。ただ、そこでの説明は専門の方に任を譲るとして、私は私なりの取り組み方をしていかなければならない。結局、演出家として作品を発表する以外にないわけですが、今回はじめて日本の作家によるものを題材にしたことの理由の一つには、原風景と現代の日本人とを繋げる作業を試みたかったからでもあります。この作業からは多くの収穫があり、また新たな課題を得ることもできました。今回だけでなく、今後もしばらく日本語で書かれた戯曲を題材にする予定です。いずれ取り組むことになっている秋元松代の『常陸坊海尊』なども大きな通過点になるかと思いますし、その他現代の作家にも取り組んでいけたらなと思います。
Q.ようやく『マリア/首』について触れられそうですね。フライヤーでは相変わらず物語の内容に触れてくれないので、観客の皆さんも予約に尻込みしてしまうんじゃないかと思うのですが、まずはどんな内容なんでしょうか?
A.原作の物語自体は、戦後の荒廃した長崎を舞台に、ある病院での出来事と一組の夫婦を中心に展開される群像劇といったところです。当時の闇市を支えていた下層階級の人々が、自分たちの生きていくための希望を求めて浦上天主堂の被爆したマリア像を盗み出すというもの。粗筋だけ書くと、きわめて戦後色の濃い人情話に思われてしまうので、あえてフライヤーには載せませんでした。それよりも、どんな考えを持って取り組んでいるのかということを表明した方が、親切だと思ったのです。最近やられる公演のほとんどは、何をするつもりなのか、またどんな考えをもった人たちが作るのかということをひた隠しにして、とりあえず当たり障りなく宣伝文句をつらねることが多いのですが、それには疑問を抱いています。もちろん、政治的なプロパガンダになってしまうと問題ですが、ある程度はどんな問題意識なのかということを伝える責任はあると思います。
原作『マリアの首』への興味は、そのまま田中千禾夫の「私にとって演劇は祈りである」という言葉と繋がっています。演劇を《祈り》と言うには、計り知れない屈折がなければ言えないと思います。まずは、そのことを思考してみたかった。また、何故いまこの作品なのかというと、発表されてから今年で丁度五十年経ち、そこから発表当時と現代との差異を浮かび上がらせたかったからでもあります。被爆マリア像のゲルニカ輸送のニュースも偶然とはいえ、何かそういうことを考える時期に来ているのだと思います。予定では、八月に発表予定でしたが、諸事情あって延期になりました。ただ、そのことは結果的に良かったと思います。私たちが向き合わなければならない問題は、そういうことではなかった。それが何なのかは、作品を観て考えていただけたら幸いです。
Q.長くなりましたので、最後に何か一言お願いします。
A.ここまで話してみても、どうも言葉が追いついていない感じがあるのですが、私にとって演劇がどう世界に在るのか、田中のように《祈り》とまでは言えないまでも、すぐそこに言葉が与えられるのを待っている、そんな実感を持って取り組んでいます。いままで、こういう感覚をもって稽古場に立ったことはなかった。何かが生まれる予感があります。それが何なのかを私と共に見出していただけたらと思います。
2009年1月公演 『戸口の外で』演出ノート
〈経験の古典〉としての演劇
前作『かもめ』では、二十世紀という時代から投げかけられた〈問い〉や言葉にもならなかった〈沈黙〉に対してどのような応答ができるか、ということを問題にした。すでになんらかの形で結論のついたものを取り上げることよりも、問いそのものを舞台で展開していくことが狙いであったが、これは想像していた以上に困難な作業であった。こうした作業の中では、あらゆるものが意味連関を停止し、夜空にちらばった星のような姿をみせる。既成概念として定着してしまったものを片っ端から検証していくことは、当然我々が〈演劇〉と呼んでいるものそれ自体に対しても向けられたのだが、結局『かもめ』ではその自覚も作業もおぼつかないうちに上演時間を迎えることとなってしまった。その間、我々の前に始終立ちはだかっていたのは〈近代劇〉としての演劇がもたらす諸問題であった。このことは、私にとって〈二十世紀〉を考えることと〈近代劇〉を考えることとは、ほとんど同じことだというのを気づかせる契機となった。
仮に近代劇の始まりをイプセンやチェーホフに置くならば、近代劇の危機はどこにあったか。それは人類史上の危機と足並みを揃えているに違いない。そこで、こうした問いを戦後直後のドイツの劇作家であるW・ボルヒェルトに設置してみようと考えた。今回の舞台では、彼が記述した人類の危機的経験としての物語を思考してみたい。だが、二十世紀という時代が投げかける問題や演劇そのものへの問いかけを際立たせるには、もう一人必要であった。ここに同時代人のブレヒトを召喚するのは尤もかもしれないが、もう少し我々に近い地点から思考のプロセスを示してくれる人物が必要だった。そこで脳裏に浮かんだのが、昨年亡くなられた太田省吾氏である。近代劇が持つ支配的な制度に対し、批判的実践を生涯貫いた太田氏の思想は、私のような駆け出しの演劇人にとって大いに励まされるものとなっているのだが、奇遇にも創立当初の転形劇場の試演会にて上演されたのが『戸口の外で』であることを知った。この偶然は面白い。オマージュと言うには全く心許無いが、この機会を通して氏の仕事に対する何らかのリアクションを示すことができたら幸いである。
人類にとってかけがえのない〈経験〉が刻みこまれたもの、すなわち〈経験の古典〉としての演劇を上演していきたい――これが重力/Noteの方針である。それは一劇文学として認識されるものではなく、時空間に形成した虚構という仕掛けを通して発見し、導き出されるものである。そこでは虚構を介した直接的な体験によって、〈経験〉が救出されるのだ。表層的な情報の氾濫による信頼感の喪失や絶え間ない忘却を強いられる時代の中で、演劇に僅かにでも価値があるとしたら、ここにあると思う。
鹿島 将介
2008年2月公演 『かもめ』演出ノート
Q.何故、今チェーホフなのか?チェーホフという作家を取りあげた理由は何か?
A.まずチェーホフについて重要な歴史的事実が一つあります。それは、今から約百年前に、著名なロシアの演劇人がこの作家の戯曲をやるために一つ新形式をこさえ、それが欧米を中心に世界的な影響力を持ったということです。近代劇の幕開けをどこにするかは色々意見もあるでしょうが、驚くべきは一人の作家が人間を描くために用いた表現形式が、同時代の演劇人を刺激し、その成果が人種や言語を越えて多くの人々の感動を引き起こしたという点でしょう。しかも、それをチェーホフは作家として自覚的に、かつある程度までは主導的に取り組んでいた。チェーホフ自身に新しい演劇に対するヴィジョンがあったわけですね。スタニスラフスキーはこれを理解するのに大分時間を必要としました。こんな野心的な仕事をした作家は、歴史的にもそんなにいません。成功はしませんでしたが、ジュネの一部の仕事やベケットの後期の仕事など、第二次大戦後の価値観が崩壊した時期を迎えてようやく作家による演劇改革が認識されるようになりましたが、十九世紀末にこんな野心的なことをしたチェーホフという作家には、まず人間的興味が働きますね。またその野心的な仕事が国を越えて影響を与えたという事実、そしてそれがある種の定型となって知らず知らずのうちに現代を生きる我々の演劇観というものに支配的に作用しているという側面もあるわけで、言ってしまえば我々の身近にあるドラマと呼ばれるもののほとんどがチェーホフを踏まえて生産されていると言っても過言ではない。もちろん、正確には「チェーホフのようなもの」にすぎないわけで、決してチェーホフではないのだけれども。 こうした現代のドラマにおいて規範めいたものになってしまっているチェーホフを演劇的に再検討することで、今演劇的に何が可能なのかといった問題提議ができるんじゃないか、そう考えたわけです。それに、チェーホフに関して結論や意思表明を出すためというよりかは、一つ自分でもわかりやすい場所から始めたかった。あらゆる条件がチェーホフの上で交錯していたんです。つまりは『かもめ』という物語を最初から問題としたというよりも、チェーホフという作家の野心に惹かれていって、辿り着いた場所が『かもめ』であった、といった次第ですね。
Q.チェーホフの代表的な作品として、『かもめ』の他に『桜の園』『三人姉妹』『ワーニャ伯父さん』がありますね。先程の話からすると、チェーホフの野心が最も出ているのが『かもめ』だったということですが、それは具体的にはどのあたりに?
A.チェーホフの野心というものをロジカルに捉えるか、それとも現実の生活と密接したところでもやもやする何だか言葉にできないような衝動的なものとして捉えるか、それぞれ違うと思います。ロジカルな側面を強めてみれば、それこそ『三人姉妹』や『桜の園』の方が作家としての成熟もあいまって綺麗に整えられている。作品自体の完成度も高い。構造がしっかりしているから演出や新解釈などを提示しやすい。それに対して、『かもめ』や『ワーニャ』は感覚的な側面が残されている、というよりか作家が意図的にそれを大事にしているような気がするんです。それが物語の最初から最後まで張り詰めている。にもかかわらず、作品としては完成されていないような妙な余地があったりと……。ただ、何故『ワーニャ』ではなく、『かもめ』かと言えば、テーマとの距離感ですかね、自分の年齢を含めて。どんなに精神的に背伸びをしようとも、人間に対しての想像力の触手には、ある程度年齢的な限界があるわけで、今の自分には『ワーニャ』はフィクションが多いのは結構なんですが、リアリティの振れ幅が余りに小さいんです。逆に『かもめ』はと言うと、フィクションが少なくてリアリティがある。だから『かもめ』でいいかと言えば、いや、むしろありすぎて危険なんですね。作り手が必要以上に感情移入しやすい危うさがある。もう亡くなられましたが某劇団の演出家は、この作品を読んで「トレープレフは俺だ!」と感激したそうですが、大体がそういう近づき方をしてしまいがちなんです。女優なんかも風呂場の鏡の前で「私は—かもめ」なんて呟いているかもしれない(笑)これは文学青年、文学少女の病みたいなもんで、極端に言えば、こうした感性の延長線上に先のチェーホフもどきのドラマを再生産する現代があるような気がします。じゃあそれがチェーホフ自身が望んでいたかというと、ちょっと違うような気がする。これは同時に、スタニスラフスキー以降にリアリズムと言われてきたことが本当に演劇を豊かにしてきたかということへの疑問でもあるんだけど。とにかく、フィクションにどっぷり浸かって好き勝手な妄想を働かせるよりかは、リアリティの中で如何に自分をクールに保ちながら一つ一つ作り上げていくかという作業の方が刺激的のような気がした。そのために『かもめ』の言葉が必要だった、それが『ワーニャ』ではない理由ですね。それなりに戯曲に愛着はありますが、創造的な関係性を築くために戯曲を選択する必要もあるはずです。もちろん、メッセージとか描きたいものはちゃんとありますが。 チェーホフの野心については、彼が作家であり医者でもあり、そうなるために抱えこんだ孤独があるわけで……総じて言えば、彼がこの作品を書くまでに人生の中で背負ってきた感情を、この作品の中で一つ一つ脱いでいくような、そしてそうすることで自分の奥底に渦巻くものを整理していくような、そんな意図を感じるんです。その意味では、感覚のレベルでは私小説的なんです。画家で言う自画像のようなものですね。実際あった事件なんかも題材にされていたり。にもかかわらず、彼はその一つ一つをセンチメンタルに愛しむのではなく、皮肉たっぷりにパロディ化している。書いた本人が全く感情移入していないんです。こんなグロテスクな自画像はそうめったにありませんよ。ならば、こちらも相応の距離感をとって取りかかる必要がある。ある意味、この距離感こそチェーホフが求めた表現者としての在り方なのかもしれない。とにかく『かもめ』は、何やらよくわからない力が渦巻いている戯曲なんです。作り手のバランス感覚を失わせるような罠が沢山ある。そんな罠をひょいひょい潜り抜けてみたい(笑)
Q.重力/Noteという活動と今回の作品を結びつけている部分はどこなのでしょうか?活動内容も含めて教えてください。
A.まず重力/Noteというのは名称じゃないんですよ。行為なんです。まあ、言ってみれば名詞じゃなくて動詞なんです。どういう意味を持った動詞かというと、「記述」なんです。じゃあ何を記述するのかと言ったら、人間という存在とその周りに働く見えない力についてです。重力は見えないですが、確実に我々の身体に影響を及ぼしているわけで、その影響は想像力やその実現としての創造力にも及んでいる。無重力空間である宇宙に進出してから、そうした発想力の限界にも亀裂が入ったのですが、もう一度再確認する必要があるのではないかと。そのために身体感覚を検証したり、人間を描くための物語とは何か、しいてはリアリティとは何かという問題を取り上げています。 そうした活動方針に対して今回の作品は、「青春」をキーワードにアプローチをかけてきました。つまり、人間誰しも経験する時間を思考してみた。青春という時間は、その見栄えの若さとは裏腹に決して華やかで明るいものではありません。その理由として理想と現実というものにたえず直面し続けられるからです。強いられた生活の中で理想を描きながら散文のような貧しい現実を生きなければならない。その境界においてにじみ出てくる感覚を記述しようと考えています。そこにあらわれるものは、決してセンチメンタルなものばかりではないと思います。もっと冷徹な力学が働いた感覚も出てくるんじゃないかと。社会性の見えにくい戯曲だからこそ、関係性やそこから生まれる情動をシャープに描いて見せないといけない。
Q.先ほど演劇の可能性とは言いましたが、今現在、演劇は表現形式上でもかなりの自由度をもっていると思います。それに対して観客もある種の寛容さを持って対応している。これだけでも可能性をはかることはできると思うのですが……?
A.多様化という面ではそうかも知れません。スターバックスでは商品開発専門の研究機関があって、そこでは随時数万種類の味のバリエーションをストックしてあるそうです。しかしながら、店頭に並ぶのはそのうちの限られた種類だけです。さらにベースのメニューはある程度固定されているわけで。何が言いたいかというと、バラエティーは多様ではあるけれども、それがどんなに種類があろうとベースにあるものは限られるということです。量における自由度は、質における自由度を説明できるわけではない。量がそのまま表現の豊さを示すわけではないんですね。豊かな質を取りあげるには、まずベースにあるものを一つ一つ検証する必要がある。今の日本の演劇状況において、一番おろそかになっているのはこのベースだと思います。バラエティーで勝負しようとばかりしていて、根源的に何がまず必要なのかという思考がない。アイデアを錬磨するよりは消費する方向に表現者たちが隷従しているように思えます。経済やら上昇志向の名の下に、です。 そもそも、まず私が疑っているのは、エンターテイメントという概念そのものです。演劇は果たしてエンターテイメントかどうかという問題がある。結論から言うと、私は演劇は一般的に言われるようなエンターテイメントとは全く性質の異なる営為ではないかと考えています。お金を取って観客がいて、となるとすぐショー・ビジネス的な意味でのメディアと受け取られがちですが、演劇はそもそも第一次産業と呼ばれる原初的な生産活動が中心だった時代からあるわけで、構造的にも第三次産業のようなサービス業と同じように考えるのは実は大変矛盾していると思います。 もともと演劇にはどんな役割や効用があったのかというと、その共同体が抱える価値観の差異を公的に確認する場であり、また交流・交渉・コミュニケーションの場であったということです。サービスと冠ぜられるような生易しいものではなく、人と人とが共に生きていくための確認作業なわけです。それに従事する者にはそれらを顕在化するには専門的な技術がいるし、独自の社会的価値を持った活動をしていかなければならない。このあたりで現代の演劇人たちは精神的にも実際的にも分裂していると思う。酷い場合はその分裂にすら気づけていない。その結果が、タレント予備軍としての社会的認知というわけです。上昇すること自体が目的となった活動が溢れてしまった。経済を気にするあまり、何のために、何を伝えたいがために表現をするのかを見失ってしまっている。
Q.なるほど。するとこの活動自体が、ある種の批評行為であるということですね。今後の展開を教えてください。
A.重力/Noteはまだ集団ではなく、ただの個人的な企画にすぎません。ですから、今回の作品を通してこうした活動に理解を示してくれる人々が出てきてくれるといずれは組織化するかもしれないですね。個人的にはあと二三年時間が欲しいですが、やはり表現上にも制作上にも手が届かない領域があるのを今も感じているわけで、それを解決するには組織化する以外ないような気がします。 今回のメンバーは俳優、スタッフともに本当に素晴らしいと思います。年齢・キャリア・ジャンルは様々にも関わらず、互いに対する好奇心が尽きないのは本当にいい。意見もちゃんと言う。それはひとえに表現者として平等だからなんですね。表現に携わる限り、尊敬しあう。逆にそこで曖昧な態度を取ると一気にはじかれる厳しさも持ち合わせているわけで、ここは自分自身も常に襟を正されますね。人間的にも表現者としても成長する上で、いい時間を過ごさせてもらっている。だからこそ、一つちゃんとした結果を出したいです。そこからまた新しいきっかけが生まれたら幸いですね。
Q.最近、よく考えていることは何でしょうか。まあ、本番ひと月前になって稽古が佳境に入っているでしょうから、作品のことが優先しているとは思いますが。
.そうですね。それとより現実的な資金繰りに関してとか(笑)まあ、算盤をはじくことなんかはそこまで嫌じゃなくて、つくづく自分は商人家系なんだなあと半分呆れていますがね。 それはとにかくとして、最近というか今回の公演を通して常々考えさせられるのは、俳優の「役作り」についてですね。俳優の演技を支えているのは、技芸以上にこの「役作り」という問題だと思います。いってしまえば、「役作り」の差異がそのままジャンルを規定していると言っても過言ではない。ここが上手に解決されない限り、様々なジャンルで勝負してきた俳優たちを同じ舞台に立たせることは難しくなる。では、そのためにどうするかというと、俳優訓練を通して共通の基盤を作る以外ないんですね。座学やカルチャー・センター的なワークショップでは頭でなんとなく理解できても身体に想像力というか、思考回路の網目が走らないんです。 去年、鈴木忠志さんのワークショップに参加させていただいたのですが、その時に何をきっかけにスズキ・メソッドを作られたかを直接尋ねたんです。すると「観世寿夫や市原悦子ら他ジャンルの演技様式を持つ俳優たちを、自分の劇団の俳優たちと共通の舞台に立たせるために必要を感じて作った」と仰った。つまり、俳優訓練というものは、これこれこういう効果があるからやる、といったような筋トレ的な発想でやられる代物ではないということです。先に舞台ありきなんです。これはかなり多くの演劇人が勘違いしている問題なのですが、歴史的に考察してもコメディア・デ・ラルテなりメイエルホリドのビオメハニカ、ドゥクルーのコーポラル・マイム、グロトフスキーの様々な訓練など、その一つ一つを丁寧に考察していくと、「社会参加」を前提として用意されてきたきらいがある。それは主導したのが演出家やジャンルのパイオニアたちであったのも起因するのですが、舞台を作る上での共通の社会(それはすなわち、それに取り組む俳優たちを同じレベルの虚構の世界への参加させることを意味する)に俳優たちを導く、ある種のユートピア論みたいな感覚をしのばせた営為なんです。このあたりは「演出家の時代」とも密接ではあるんですがね。しかしながら、訓練の一つ一つを取り上げても、きつかったり筋トレじみたものや内面的に働きかけるものがあったりと様々なわけですが、実際はそれぞれが演技の上達や技芸の練磨とかが目的なのではない、個人的ではなくもっとオフィシャルな場所に要求されているものがある。そのために共通の訓練が必要なんです。これは先の役作りにまで通底する問題です。
Q.なるほど。とすると、やはり「訓練」という言葉が混乱をまねいているわけですね。trainingとして捉えている人たちが多いと。
A.そうです。俳優訓練には、トレーニングとは全く別の側面がある。だから、最近になってようやくワークショップという言葉によって、この俳優訓練という言葉が質実ともに分裂し始めた。これは平田オリザさんらの普及活動の賜物なんだけれど、舞台を作るのに必要な場所として個人的なトレーニングと、実際に舞台を作る稽古場との間に、もう一つ「場」をこさえる必要性を感じる演劇人が増えてきたわけです。まあ、正直まだまだ偽物が多くて、自己啓発セミナーみたいなものやカルチャー・センター的なもの、俳優や演出家の小遣い稼ぎやらもあります。どんな目的を持つかは個人の自由ですが、参加する側からしたらやはり明確にしてもらわないと困る部分がある。 話を戻しますと、私が最初に言った俳優訓練というのは、技芸の練磨のように個人的なものにとどまるものではなく、もっとオフィシャルなワークショップ的な側面も併せ持ったものであるわけだけど、それはカルチャー・センターではなく、やはり舞台創造を前提にした作業を指しています。すなわち「関係」を創造していく作業としての俳優訓練というわけです。
Q.「関係」というのは、チーム・ワーク云々という問題よりさらに深いところにあるものを指しているみたいですね。
A.全くその通りです。社会参加と言いましたが、別の側面では思考回路に共通のルールを通すようなものです。そこで個人作業から始まる「役作り」が問題となってくるわけです。 私は新たな演劇のジャンルが生まれるきっかけは二つあると考えています。公的には先程の意味での「俳優訓練」と、俳優の「役作り」においてです。この二つは底のところでは繋がっているのですが、「公」と「私」に分けるとまた違った側面があらわれます。「役作り」はその俳優ごとに行われる作業ですので、俳優の数だけ筋道があるわけですが、スタニスラフスキーやリー・ストラスバーグらがもたらした役作りの概念が、テレビや映画など生活レベルから大方の俳優たちにある種の常識として支配的に作用している。これらの根底にあるのは、近代文学であり、さらに言葉を換えれば近代的個性の在り方です。俳優たちは他人の言葉を借りてこれを表現しようと躍起になるわけですが、こうした概念が生まれたのはチェーホフの生きた時代から百年ちょっとのことであって、ギリシャ悲劇までの残りの二千五百年は全く違う演技概念が働いていたわけで、現にその時代ごとの作品も残っている。そうなると、俳優たちは作品ごとに柔軟に役作りをする必要性が出てくる。
Q.そのような近代的な概念だけしか持ちえていない俳優に対して、具体的にはどのようなアプローチをかけたりするのでしょうか?
A.まあ、私も他の演劇人たちと意見交換したいくらいですが、とりあえず今回の稽古場では、身体に対して共通のアプローチをかけたり、共演者の演技をよく観るようにしていますね。本当は歴史的な戯曲を一つ一つ取り上げてみて考察していくべきでしょうが、これには適性もあるし、一歩間違えるとアカデミックな座学になりかねませんからね。時間もかかる。結局、俳優の身体から一つ一つ発見していくしかないと思うんです。それを一つ一つ俳優に伝えていくしかない。これには俳優を観る人の判断力に大きな比重がかかってきます。また、もしくは共通のルールのもとに動いてもらうかですね。いずれにせよ、ちょっとしたフレームみたいなものを設置していかないと俳優は実感しない。理屈で理解する俳優にヘタクソが多いように、結局如何に素直に体感するかが問題になると思います。理屈は後からでいいんです。ただ、本人がどのように自覚するかは、また大きな問題でもあるんですけど……。
Q.個人の経験によっては見出されるものも違うと。役作りが違うことで何に一番影響が出てきますか?
.一番違いが出るのは時空間に対しての意識ですね。イメージの持ち方もそうです。この点において、大抵の近代的個性を信仰している俳優たちは貧困ですね。日常生活に毛の生えた程度のものしか出てこない。観ていて、映像に取って替わられてしまうようなものしか出てこないんです。これはジャンルに関係なく、演劇的に豊かではない。まあ、私なんかは意地悪く「テレビの観すぎだ!稽古期間中は観るな!」なんて言ってしまうけれども、やはりこの映像による影響力が舞台俳優たちの想像力をある側面で著しく貧困にしてしまっている現実はありますね。殊に「役作り」に対して、人物や空間の捉え方にまで支配的に働いている概念がある。 また頼りにしているものがまず違いますね。近代的な考え方では、「役作り」とはその人物の心情なりを分析してそれを立体化することだとされている。だから俳優たちは映画なり小説なり漫画なりから似たような人物を引っ張ったり、心理学に躍起になるわけです。どんどん虚構が内側に入りこんでいって一体化する。観客はその俳優を等身大に眺めるしか手がなくなる。そうすると人物の内面の変化における現象の中でしか演劇を観させてもらえなくなってしまう。近代以前は、このあたりがもっと豊かだった。観せるものが多角的だったんですね。それを支えるために、役作りも自由で多様だったはずです。何らかのメッセージを世に放つのが表現者とするならば、俳優もまたメッセージがあるはずです。それを多く深く抱えこむには、心情表現以外の領域にも手を伸ばすのが必定です。美術におけるインスタレーションが何故出てきたのかといった問題は演劇にも無関係ではないわけで……。 ただ日常生活を描写している演劇をやっている人たちはこのあたり楽なんです。みてくれだけ時代物をやっている人たちも楽そうだな。感覚に断層や飛躍がないというか、日常生活の感覚の延長線上で舞台を作っている。そういう作り方を否定はしないけれども、公演を観るたびに「ああ、これなら家でバラエティーかテレビ・ドラマを観た方が安上がりだったな」と感じさせるようなものが多い。何故、空間を必要としたのかがわからないんです。そこは、彼らが物語にかまけるあまり、虚構というものを緻密に想定していないからなんじゃないか。どんな内容の物語をやろうと、空間を必要とした以上、そこと関係していかなければならない。それが演劇と映像の違いを示すのです。
Q.今回の稽古場ではどうですか?「役作り」という点では共通化できているのでしょうか。
A.今現在ではまだ試行錯誤中ですね。年齢やキャリアがバラバラだから個人差がはっきり出ています。空間に対しての意識は徐々に共通のものが出てきましたが、与えられた役の言葉に対しての距離感が上手に取れている人と相変わらず自分のお得意のやり方でやっている人とに分かれていますね。キャラあて芝居やコラボレーションを謳えば、それもありなんでしょうが、今回の目標の一つに「我々にとってのリアリズムは何か」という問題があるわけで、それを目指すためにはもっと共演者の演技を観て「役作り」を豊かにしてもらわないと困る。それが他者と向き合うことにもなるわけですから。やはり一つ芝居をやる上で、まずは思考回路を柔軟にしてもらう必要があるのです。そのための訓練やワークショップがあるわけですが、とにかく自分のこれまでの経験や考え方に固執せずに、発見していくこと。ただそれあるのみですよ。
Q.「役作り」と「俳優訓練」を中心に話を進めてきましたが、最後に付け加えることはありますか?
A.そうだなあ……やはり問題なのは、こうした課題を取り上げるにも観客、すなわち他者がいつも必要なのに、どうも日本の演劇界は観客を見失いやすいことです。殊に劇団制が解体し始めてからより対象化しづらくなったのではないでしょうか。それによって劇団から解放された一部の俳優たちはコラボレーションを楽しんでいますが、その一方で私には俳優たちが各々のアイデンティティを確立することが難しくなったようにも思えるのです。映像とか芸能界というのも手伝ってね。そもそもトータリティのある教育機関がありませんからね、何を基軸にすればいいのかがわからない。だからワークショップ難民になったり、語学そっちのけで海外留学して偉そうな肩書きをぶら下げてワークショップ屋になったりする。これはまだ上等な方で、大多数はタレント予備軍におさまるわけだ。あわよくば……といった上昇志向の中で目的がすり替わっていく。 これらと大きく関係してるけど、表現者として世に何を問いたいのかというメッセージを持たずに俳優を続けている人間が多いということが一番の問題ですね。それは他者を存在させていないということでもある。学芸会の感覚で俳優をやっている。無目的なんです、生き方的にも表現の内実的にも。 この事態の理由としては個人レベルでもありますが、やはり大きいのは演劇が日本の社会においてどのような役割を担っているのかが見えにくいから、自分たちの仕事に目的を持つことができないのではないか。その意味で、これからの演劇人は社会的な立場を示していく必要があるんじゃないか。それは自分のためにも、また共に演劇界で頑張る人々のためにもなる。自らが地図になる姿勢が求められているのではないか。