2012年『 雲。家。』

公演概要

今は存在しないけれど、存在するにちがいない何ものかを生産する―

『 雲。家。』
フェスティバル/トーキョー12公募プログラム参加作品

11月21日(水)~ 11月24日(土)
@シアターグリーン BIG TREE THEATER

原作:エルフリーデ・イェリネク
翻訳:林 立騎
構成/演出:鹿島 将介

出演:
稲垣 干城
井上 美香
瀧腰 教寛
立本 雄一郎
平井 光子
邸木 夕佳

舞台監督:中原 和樹 
音楽:後藤 浩明 
照明:木藤 歩 
音響:佐藤 武紀 
舞台美術・宣伝美術:青木 祐輔
衣裳:富永 美夏 
ドラマトゥルク:關 智子 
演出助手:佐々木 琢 
制作補佐:藤田 侑加 
制作統括:増永 紋美

主催:重力/Note
協力:アマヤドリ 酒井著作権事務所 
宣伝協力:有限会社ネビュラエクストラサポート
共催:フェスティバル/トーキョー

【公演日程】
11/21(水)   19:30
11/22(木)   19:30
11/23(金・祝) 14:30
11/24(土)     14:30/19:30

*上演時間 100分(予定)
*日本語上演、英語字幕つき⇒英語案内へ変更(9/27)

公演チラシ


《ことば》の重心がウツロウ時間のなかで

唐突だけれども覚悟してほしい。この『雲。家。』の上演では、550回以上の《わたしたち》を耳にすることになります。時間に換算すると1回が1.5秒くらいなので、上演時間のうち約14分のあいだは《わたしたち》という語句に付き合うことになるわけです。この執拗に繰り返される《わたしたち》の応酬それ自体が、「今は存在しないけれど、存在するにちがいない何ものかを生産する」と語るイェリネクの、誰も出会うことの叶わなかった《演劇》へと繋がるすべとなるはずです。
ところで《わたしたち》という言葉は、口にしてみると不思議な響きを伴う言葉で、俳優たちには「何かを代表して喋らなきゃいけない感じがする」そうです。では、それを聞く方はどうかというと、どこからどこまでを指した《わたしたち》なのかとか、また自分の内に滞る感覚の似姿を求めながらそれを聞いてしまうといったような、変な体感があります。登場人物の誰かと誰かがスッタモンダを開帳してくれる《演劇》とは、もう全く違う感じ。しかもドイツの話だったりするから、さらにコトは複雑です。
《わたしたち》という言葉について考えたとき、あるポルトガルの詩人の顔が浮かびます。彼は、ひたすら《わたし》で在り続けようとし、ついには自分の身体のなかに生じた感覚ひとつひとつにすら個々の人格として(ご丁寧なことに詳細な履歴書まで添えて)、それぞれに《わたし》と名づけていきました。こうして数々の《わたし/異名》を生み出していったフェルナンド・ペソアの孤独な作業には、彼の生きた20世紀という《ことば》の重心がウツロウ時節における「名づけの精神史」としての苦節/屈折が伺い知れる。それは思春期にありがちの自分探しではない、どこまでも《わたし》の、当事者としての域に留まって生きようとする、生の所在を問う作業だと思います。
さて、イェリネクです。ペソアの無数の《わたし》と、イェリネクの無数の《わたしたち》が屹立している場所は、案外近いのではないか――今回これが作業仮説になっているのですが、こうした問いを孕んだテクストは、決してトレンドに付き合うようなものではありません。アクチュアリティなんかない、リアリティなんかない。あるのは、この世界の地中に向かって深く彫り込まれた言葉があるだけです。彼女がよく使う言葉――《死者の子供たち》のために、すでに埋められた言葉が《わたしたち》のために。

鹿島 将介

《エルフリーデ・イェリネク Elfriede Jelinek 1946~ 》

オーストリアのウィーン出身。ドイツ語圏を中心に活動している小説家・劇作家・詩人。「オーストリアで最も憎まれる作家」として名高い。ウィーン市立音楽院にてオルガン、ピアノ、フルート、作曲を学び、ウィーン大学では美術史と演劇学を専攻した。74年カトリック教会を脱会しオーストリア共産党に入党、91年まで所属。04年のノーベル文学賞を含め、様々な文学賞・戯曲賞を受賞。主な著作に、ミヒャエル・ハネケ監督によって映画化もされた小説『ピアニスト』(83)をはじめ、『したい気分』(89)、『トーテンアウベルク』(91)、『死者の子供たち』(95)などがある。またトマス・ピンチョン『重力の虹』の翻訳にも挑戦している。社会の保守性によって隠蔽された性差の歪みや死者の声を暴露的に描き出す小説家として知られる一方で、様々な古典的文献からの引用やパロディ、断片的な描写の列記から生じるイメージの飛躍を織込んだ文体によって、演劇の《上演可能性》そのものを問う劇作家としても注目されている。本公演で取りあげる『雲。家。』(88)は、西ドイツのボン劇場にて初演され、奇しくも翌年の東西ドイツ再統一を予見した作品となった。

舞台写真

 

 

撮影:青木祐輔